不死身の特攻兵

 

 何回も特攻を命じられながら、生きて帰ってきた方の物語です。あの時代にそのような方がいたのですね、そんなことも知りませんでした。本書を読んで改めて知ったのですが、特攻自体に命中精度を高める意味合いというのはほとんどないということ。逆に優秀な搭乗員をムザムザと死なせ、飛行機も失うための損失の方が大きいということです。撃沈に至ったのは驚くほど少なく、かつ米軍の対策もあっという間に施されて、初期以降の特攻はほぼ無駄死にであったと。

 

それにしても、特攻を命じた軍の上層部の卑劣極まりなさは半端じゃないですね。何がなんでも自分が命じたことはやらせるという、人の命すらなんとも思わない、かつ上にしか目が向いていないという、部下には特攻を命じていながら逃げまくる司令官も描かれています。なんともありふれた話のようですが実在なのですよ、これが。しかし、まぁ読んでいて思い出されるのは、私の上司です。全くそのものです。確かに優秀で、上の人には絶対服従なので、覚えもそれなりに目出度いのでしょうが、部下の前では絶対自分が正しいというスタンスであり、命令したことは絶対に行えという正に軍隊スタイルそのままです。

 

そんな中で、ノラリクラリと自分スタイルを通せた主人公は偉いです。そんな人もいたんだなと。本当に昔も今も変わらないんだなと思います。日本人の人間性も。月並みだけれども、サラリーマンであったって、上司の命令が絶対とはしてはいけないんだなと思うのですよ。

新日本の階級社会

日本でだんだん格差が広がってきて固定化し、格差社会から、更に階級社会に移りつつあるというのが本書の趣旨です。確かに貧困が広がって、格差が生じているのは確かなのでしょうが、大凡この手の貧困ビジネス本は眉唾付けて読む必要がありますね。

まずいろいろ数値例を挙げている貧困が広がっているという主張をされているのですが、本当にその数値で広がっている証拠となりうるのか怪しいところが散見されます。俄かには信じがたい。80年代ぐらいまでの総中流意識があったのは確かなのですが、それがたまたまであって、歴史を通じても、世界的にも格差が大きくなるというのは、まぁ常なのかなと。但し国が強くあるためにはしっかりした中流階級の存在が必要なことは確かなので、それを保つ政策というのは必要だとは思います。でもそれでも貧困層は出来てしまいますよね。

本書の内容が信じられないのは、階級と支持政党、特に自民党と紐付けたり、ネトウヨと結びつけたり、あげく防衛費は無駄だから貧困対策に回せ的な記載があったりと、まぁそっち系の人なんですかと読む気を無くさせてしまう点にあります。自民党は金持ちの味方的な記載ですが、むしろ民主党やリベラルと自称されている方々の方が、自民党を上回るようなリベラル法案を推進出来ないことの方が問題ではないでしょうか。

格差固定化が問題だとすれば教育格差をもっと論じる必要があると思います。究極的には固定化の原因は教育にあるのは間違いないのです。ただ本書に書いてあるように教育機会に問題があるのではないと思うのです。高度な教育を受けるために必要な様々な情報を受け取れるか否か、そこにかかってるのです。単に高校や大学を無償化したり奨学金増やせばよいというのは短絡過ぎます。

そしてもっと大事なことは世代間格差であります。若年層を安い給料で使ってしのいでいたうちはよいのですが、労働力不足でそうも言ってられなくなりました。それを誤魔化すために移民をなし崩し的に認めつつある点になんにも考慮していません。これはあらたな貧困と差別を生み出し、将来的に民族問題ともなっていく可能性を秘めています。

本書を読んで思うことは日本で格差社会が問題となるのは、リベラルと自称する人達の想像力の欠如と思い込みによる自己満足的な解決策しか出来ないレベルの低さに依るものなのだなと感じてしまいます。

プライベートバンカー 驚異の資産運用砲

プライベートバンカーとして活躍されている方の著書です。清武氏の著書に出ていた方なので、読んでいれば半分くらいは内容被ってしまってますね。

ちょっとサブタイトルがイマイチでした。あんまり驚異でもなかったし、最後の”砲”ってなんでしょうか。もしかしたら文中に記載されているスペシャル運用方法のことかなと思いますが、リバレッジかけて、かつジャンク担保債より大幅に融資が入るなんってスキーム危なっかしいような気がするのは自分だけなのでしょうか。普通ヘアカット掛かるような気がしますけどね。一方私みたいなゴミ投資家レベルへのアドバイスは至って普通で、あまり参考になりません。

結局どんな知識があって、様々運用方法を知っていようが、顧客を満足させるにはちゃんと儲けさせてあげるしかないんだろうなと思うわけです。筆者のように転職する度に預け先をあれこれ変えさせられては客もたまったもんではないですからね。しかも外資などは本社の方針でコロッと外国支店撤退などありますから、困ったものです。かといって、国内金融機関が宛になるわけではないのは確かなのですが。

里山ビジネス

里山ビジネス (集英社新書)

里山ビジネス (集英社新書)

「田舎暮らしができる人、できない人」の姉妹書ですね。こちらはどちらかと言えば、ビジネスをどう築いでいくかという点にフォーカスが当たっています。移住して、葡萄畑を耕し、更にワイナリーを発足させ、更には超田舎の僻地にカフェまでオープンさせてしまいます。しかもどれも大成功!まさに誰もが羨む田舎暮らし成功者。しかしまぁそんなことは誰でも出来ることはないわけで、何が要因なのかなと考えてみるわけです。やはり背景として文筆業傍ら、絵も描けるというのが強い支えになってるのは間違いないですね。しかも、それまでに培ったセンスというものがそれぞれの経営に生かされているというのもポイントです。でも筆者の人柄にも寄るんですかね、なんか人が寄ってきそうな柔らかい穏やかな感じが。まぁ結論として、そんな簡単にマネ出来るわけではなさそうです。でもこういう人の周りに人が集まって、地域が活性化していくのは素晴らしいことだと思います。そんなところでも田舎暮らしも良さそうに感じます。

パパは脳研究者

パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学

パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学

脳科学を研究している筆者が我が子の成長の様子を毎月、脳科学の視点から描いています。自分達が育児中目にした成長の事象を脳科学的な観点から、逐次説明してくれます。そういえばそんなことあったなぁ、それってそういうことだったんだななんって思い出しながら読んでいました。

自分も育児日記を付けたいなと思いつつも、日々の忙しさにかまけて結局何にも残していませんでした。著者の娘さんが日々成長している姿を読みながら、ちょっと後悔と同時に懐かしさがこみ上げてきました。

やはり脳科学者らしく、こういう子に育てようという目的が設定されていることも素晴らしいと思いました。そんなこと考えないまま育ててしまってこれまた後悔です。ただ目的が設定されていても、それをどう実現させていくかの手段もきっとわからなかっただろうけど。今思えば手当たり次第の子育てでしたね。

この目的に従ったせいなのか、著者の娘さんはとても順調に育っているように見えます。4歳でひらがな読めたり、数字読めたり、こういうのを見ると自分の子供と比べてしまう。。。良くないですけど、気になってしまいますね。でも筆者が一つの基準としたのが、マシュマロテストというのは安心しました。自分の子供達もマシュマロテストへの対応が一つの基準目標でもあったので。

田舎暮らしができる人 できない人

田舎暮らしができる人 できない人 (集英社新書)

田舎暮らしができる人 できない人 (集英社新書)

田舎暮らしに憧れ初めて早何年ではありますが、元はといえば玉村さんの本を読んだからかもしれません。やはり自分で土地を耕し、野菜を採って料理し、葡萄を収穫しワインを作るなんって素敵な話です。

そんな暮らしに憧れる人は多いようで、特に団塊世代が引退に入った頃に書かれたのが本書です。田舎暮らしができる人として、クラシックのコンサートに行った帰り、どこかでたまらなく一杯飲んで帰りたいような時に、カエルの大合唱の道をそれはそれとして楽しんで帰れるか、それとも受け止められないかという気持ちのようです。まぁなんかわかりますね。つまり都会生活からは離れているということを受け止めながら、田舎の良さを味わえる人なんだろうなと思います。果たして自分はどうでしょうね。人ごみに慣れすぎると、人恋しさとか感じてしまうかもしれません。

また本書では、田舎の人達との人間関係についても書かれています。それほど心配することもなく、普通に付き合えば良いと。それは玉村さんの人柄にも寄るんじゃなかろうかと思うのですが、ここのところの感じ方は人それぞれなのかもしれません。

12歳までに「絶対学力」を育てる学習法

12歳までに「絶対学力」を育てる学習法―すべての教科に役立つ万能の思考力を伸ばす

12歳までに「絶対学力」を育てる学習法―すべての教科に役立つ万能の思考力を伸ばす

思考力をどう伸ばすにはどうすれば、良いかということです。そのために「公文式」のような条件反射的学習方法はダメで、ゆっくりじっくりイメージを形作って思考するやり方を推奨しています。問題集も独自なものを作ってそれを元に学習を進めていくのです。

まぁ考え方はそれぞれなので、何が正しいか、本書を読むだけでは確実には言えないのですが、本書ではとにかく自分達のやり方が絶対で、他のやり方は害悪でしかないと断罪してきます。この書き方がちょっと辟易してしまいますね。半分くらいは批判に終始しています。自分達の問題は「良質の算数文章問題」として絶賛してます。この言葉、本書に何回出てくるかわかりません。論法がサヨクのようで、逆に価値を下げている気がしてなりません。利用している保護者からの報告例も信者の話みたいで信用しきれません。

自分は公文式で育ったので、確かに書いてある内容理解出来なくもないのです。条件反射で回答するのが脳の仕組みとなっているので、じっくり考えることが出来ない。回答出てしまえば、終わりで様々な方向から問題を考え直すということも苦手です。自分で表面的な理解で終始しているなぁと思うことも少なくないです。しかし、それが100%公文式のせいかといえば、どうか。自分の性格なのかと思うし、逆に瞬発的な理解力は結構高いのかなと思ったりもします。本書では視考力として、イメージによる思考法を推奨していますが、自分はこのイメージ力は高いと思っています。それはブロックでよく遊んでいたせいだと思っていますが。何が良くて、どう影響するか、脳の仕組みはいろんな要素から構成されうるもので、一つだけがよくて、これが悪いとは言い切れないのだと思います。いろんな刺激を与えてあげるのが良いのかとも思います。

そんなわけで、筆者主宰のどんぐり倶楽部の問題集を一週間に一問くらいじっくりやらせてみたいなとは思います。公文は公文でやらせてるわけなのですが、それは罪悪なんですよね。両方合わせたら最高だと思うのですが、両立させるのはやはり相反するのでしょうか。