大義の末

 

城山三郎氏の自伝的小説とも言われている一冊です。もしかしたら昭和10年代ぐらいの生まれの人はみんなこのような思考を持っているのかもしれないですね。国家や天皇を第一に考えるよう教え込まれ、戦争で死ぬものだと海軍に志願したものの、もはや飛行機や船は海の藻屑と消えており、やることは単なるシゴキとしか言えない教練の毎日。そこで親友を亡くした主人公は、国家や天皇に裏切られたという思いを引きずったまま、それがなんだったのか、ずっと苦悩し続けることになります。世代毎に時代に翻弄される経緯はそれぞれあると思いますが、この世代は特にそれが強かったようで、その後それまでの戦争世代を糾弾し、国家を信用出来ない左翼世代を生み出したのもこのような経緯だったのだと思ってしまいます。我々氷河期世代もなかなかに時代に翻弄された貧乏くじ世代だとは思うのですが、それほど世の中に恨みを抱いていないのは諦めからでしょうか。それとも天皇や軍隊のような明確な攻撃対象がないからでしょうか。しかし、そんな世代の中でも人生は続くわけですし、一回限りの自分の人生を充実させて生き抜いていくことは可能なわけです。主人公にはその視点が欠けていることが残念でした。